焼け瓦を土に塗り込めた塀が、陽を受けて延びる。瓦の曲面がひとつひとつ陰を落とし、頭上から紅葉が垂れる。奥に反りのない屋根。焼け瓦の塀をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)

博多駅の周りはビルとホテルが並ぶが、その外側に出ると、古い形式をあえて選び直した建物と通りが徒歩圏に残っている。反りのない本殿、焼け瓦を固めた塀、幅一メートルの市場路地、二〇一四年に建った四脚門。所要は半日。博多駅前の宿を起点に、住吉・春吉・承天寺通りと町名をまたいで四か所を歩く。

01

博多駅から徒歩十分。本殿の屋根に、反りが一本もない

住吉神社は博多駅から徒歩約十分。境内には八つの摂社・末社と天竜池、それに福岡市有形文化財の能楽殿がある。車の音が届く表通りから境内へ入ると、砂利を踏む音が前後に伸びる。

本殿の前で木組みを見上げると、屋根の線が直線である。住吉造・神明造・大社造の形式は、軒を支えるために柱の上部へ組む「組物」を使わない(福岡市の文化財解説)。屋根は檜皮葺で廻縁はなく、破風も千木も直線的。装飾で見せる部分がほとんどない。

いまの本殿は元和九年(一六二三)、福岡藩主・黒田長政が白銀二千両と材木を寄進して再建したもので、国の重要文化財。住吉造は神社建築史上で最も古い様式といわれる。四百年前の建て直しで、すでに古いほうの形式が選ばれている。

瓦を塗り込んだ土塀が続く小路

瓦を塗り込んだ土塀が続く小路。塀の前で落ち葉を掃く人がいて、自転車を押す人がその先を歩く。塀の上に反りのない屋根が見え、紅葉が路面に散っている。土塀の続く通りをイメージした生成ビジュアル

02

入園料百円の庭に、秀吉の町割りで焼けた瓦が積まれている

境内を出ても町名は住吉のままで、博多駅寄りのオフィス街に入ると、ビルの一画に楽水園の門がある。JR博多駅から徒歩十二分、開園は九時から十七時、火曜休園、入園料は大人百円、小中学生五十円(二〇二六年九月時点)。明治三十九年(一九〇六)に博多商人の下澤善右衛門親正が建てた住吉別荘の跡地で、平成七年(一九九五)に福岡市が池泉回遊式の日本庭園として開園した。

見るべきは博多塀だ。粘土のなかに石と瓦の欠片が混ざり、大きさも形も揃わず、積み方に規則が見えない。豊臣秀吉の太閤町割りの際、兵火による焼石と焼け瓦を粘土で固めて、神社仏閣や豪商の屋敷に築かれた塀である。整えようという意思がない。それでも面として見ると、欠片の大きさが揃わないことが光を細かく散らす。粘土はざらつき、瓦の断面だけが黒く光る。

座敷では水面が視線の少し下に来る。立つと池全体が見え、座ると対岸だけが残る。視線の高さが決められている。

03

幅一メートル、長さ約百メートル。市場が対面で売り続ける形

柳橋連合市場は中央区春吉にあり、博多区住吉から区をまたぐ。オフィスビルの列が切れて、間口の狭い店が続く並びに変わる。福岡市の資料では、約百メートルのアーケードに三十五店(二〇二一年三月現在)。営業は八時から夕方で店舗により異なり、日曜・祝日は休み。小路の幅は一メートルほどで、鮮魚店が中心になる。

ほとんどの店が対面で売る。声をかけて、切って、包む。包丁が板に当たる音が両側の壁で重なる。幅一メートルの通路では、棚に並べて客に取らせる奥行きが取れない。道の幅が売り方の側を決めている。

始まりは昭和初期、大浜の魚市場から仕入れた鮮魚を大八車に乗せて売った個人商店で、福岡市は「百年以上福岡の食を支えてきました」と記す。店は入れ替わるので、百年がかかっているのは、この幅の小路で対面で売るという形のほうだ。通称は博多の台所。

細い通路の両側に、氷の上の魚が並ぶ

細い通路の両側に、氷の上の魚が並ぶ。計りの前で客と話す店主、包丁を入れる人、品を見比べる客がいる。幅の狭い市場をイメージした生成ビジュアル

04

二〇一四年の四脚門。欄間の柄の名は、黒田長政の献上から来ている

ふたたび博多区に戻る。地下鉄祇園駅から徒歩五分、博多駅前一丁目の承天寺通りに博多千年門が立つ。平成二十六年(二〇一四)三月完成。高さ・幅ともに約八メートル、ヒノキの木造四脚門で、切妻本瓦葺、中世博多の寺社様式が採られている。門扉の板材には太宰府天満宮から寄贈された樹齢千年の「千年樟」を用いる。

欄間の彫刻は博多織の献上柄。独鈷と華皿を結合した紋様の中間に縞を配する形に固定された柄で、独鈷は密教法具、華皿は供養で華を散布する器である。太い縞が細い縞を挟む親子縞、細い縞が太い縞を挟む孝行縞。彫りの溝は深く、下から見上げると影が入って柄の輪郭が立つ。

「献上」の名は、慶長五年(一六〇〇)に筑前を領有した黒田長政が幕府への献上品に博多織を選び、毎年三月に帯地十筋と生絹三疋を献上したことに由来する。住吉神社の本殿を再建したのと同じ藩主の名が、四百年後に建った門の、欄間の柄の名前に残っている。

門の先は承天寺。仁治二年(一二四一)に中国から帰国した聖一国師が製粉の技術を持ち帰り、うどん・蕎麦・饅頭の粉物食文化が全国へ広まったと福岡市は記す。境内に「饂飩蕎麦発祥之地」の石碑が立つ。

反りのない屋根、焼け瓦の塀、幅一メートルの対面売り、二〇一四年の四脚門。四つとも効率のよい作り方ではない。整えた塀のほうが手間は少なく、棚売りのほうが人手は要らない。それでも残り、手を加えた跡が表に出たままになっている。

突き固めた土の壁に、焼けた瓦が割れた断面のまま何枚も埋め込まれている

突き固めた土の壁に、焼けた瓦が割れた断面のまま何枚も埋め込まれている。縁には紅葉が一枚。瓦を埋め込んだ塀をイメージした生成ビジュアル

05

この街の歩き方

柳橋連合市場だけが日曜・祝日休みで夕方に閉まるので、平日に歩き、市場を最後へ回さない。楽水園も火曜休園・十七時閉園なので、住吉神社と続けて午前に押さえれば、午後は時間に縛られず承天寺通りまで歩ける。

博多駅から住吉神社徒歩約十分
博多駅から楽水園徒歩十二分(住吉神社と同じ住吉の町内)
楽水園から柳橋連合市場博多区住吉から中央区春吉へ、区をまたぐ
柳橋連合市場のアーケード約百メートル・三十五店(二〇二一年三月現在)
地下鉄祇園駅から博多千年門徒歩五分