七月の正午、広く平らな大通りに木の曳山が立つ。深い紅の布を張った屋根が鋭く立ち上がり、その下に金具の反り返った屋根。法被と白い鉢巻の男たちが屋根の縁に腰かけ、手前の面には房のついた長い懸装品が一枚。大きな木の車輪が明るい路面に黒く落ちる。京都・祇園祭の山鉾巡行をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)

祇園祭というと七月十七日の巡行を思い浮かべる人が多いと思います。あれは前祭です。一週間後の七月二十四日に、もう一度、別の巡行があります。後祭です。

前祭が二十三基、後祭は十一基。数は半分以下で、沿道の人も前祭ほどではありません。そしてその十一基のうち三基が、KOKO HOTEL Residence 京都 二条城の一本東、新町通に建ちます。

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後祭の巡行は、七月二十四日の朝九時半、烏丸御池から

後祭の山鉾巡行は、烏丸御池を九時半に出発します。河原町御池が十時ごろ、四条河原町が十時四十分ごろ、四条烏丸でおよそ十一時二十分。御池通を東へ進み、河原町通を南へ下り、四条通を西へ戻る順路です。

前祭は四条烏丸から出発して、これと逆の順路をたどります。後祭は向きが反対になります。

巡行の順番を確かめる「くじ改め」も場所が違います。前祭は四条堺町、後祭は市役所前です。

先頭は、くじを引かずに順番の決まっている「くじ取らず」の橋弁慶山。しんがりは大船鉾です。2014年に、およそ150年ぶりに復興された鉾です。

町家が両側に迫る細い通りに、軒よりはるかに高い木の曳山が建っている

町家が両側に迫る細い通りに、軒よりはるかに高い木の曳山が建っている。四つの大きな木の車輪、織物を掛けた四角い舞台、屋根から立ち上がる一本の松。広場ではなく通りの中にこの大きさのものが建つ。七月の町の通りをイメージした生成ビジュアル

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新町通に建つのは、北観音山・南観音山・八幡山

後祭の十一基は、それぞれの町に建ちます。新町通に建つのは三基です。

- 北観音山 新町通六角下る六角町- 南観音山 新町通錦小路上る百足屋町- 八幡山 新町通三条下る三条町

三基のうちいちばん北が八幡山で、新町通三条下る三条町。宿のある釜座通から一本東に出て、御池通を南へ渡ったあたりです。

大通りではなく、町の通りに山鉾が建ちます。巡行で動いているところを大通りで見るのとは、見上げる角度が変わります。

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宿から歩くなら

釜座通から一本東に出るだけです。 新町通は宿のすぐ裏手にあたります。

巡行当日より、その前の数日のほうが近くで見られます。 山鉾は巡行の日に組み上がるわけではなく、数日前から各町に建ちます。組み上がったものを町なかで見るのと、巡行で動いているところを見るのは、別の体験です。

巡行そのものを見るなら、烏丸御池から四条烏丸のあいだへ。 新町通は巡行の順路には入りません。宿から烏丸御池までは東へ歩いて数分です。

観覧は無料です。 有料観覧席は別に購入が必要です。

平らな大通りを曳山が進む

平らな大通りを曳山が進む。前に長い綱が伸びて、法被の男たちが引いている。沿道は何重にも人が立ち、その向こうはビルの正面が同じ高さで一列に並ぶ。朝の巡行をイメージした生成ビジュアル

人の背丈より大きな木の車輪に寄る

人の背丈より大きな木の車輪に寄る。厚い板を栓で留めた作りで、縁は使い込まれて滑らかになり、木目と栓の頭が見える。脇の軸受けには太い藁縄が巻いてある。夏の強い日が上から当たっている。曳山の車輪をイメージした生成ビジュアル

祇園祭 後祭
山鉾巡行7月24日
出発烏丸御池 9:30
順路烏丸御池 → 河原町御池(10:00ごろ)→ 四条河原町(10:40ごろ)→ 四条烏丸(11:20ごろ)
山鉾の数11基(前祭は23基)
先頭橋弁慶山(くじ取らず)
しんがり大船鉾(2014年に約150年ぶりに復興)
くじ改め市役所前(前祭は四条堺町)
新町通に建つ山鉾北観音山・南観音山・八幡山
KOKO HOTEL Residence 京都 二条城から新町通まで徒歩1分
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情報提供KOKO HOTEL Residence 京都 二条城
画像記事の情景をイメージした生成ビジュアルです。各画像のキャプションに明記しています