屋根のあるアーケードの中で、若い二人が紙袋を提げて立ち止まり、手元をのぞきこんで笑っている。頭上はガラスとアーチの天井。鹿児島・天文館のアーケードをイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)
暦を配っていた天文台の名が残る繁華街から、標高107メートルの城山まで。鹿児島の街が徒歩で山につながっていることを、約2キロの遊歩道でたどる記事。
鹿児島でいちばん賑わう通りの名は、天文台から来ています。江戸時代にこの一帯に建った天文観測施設の通称が「天文館」で、いまは南九州一の繁華街の名として残りました。その通りから歩いて入れる山が標高107メートルの城山で、展望台に出ると市街地と錦江湾、桜島が1枚に収まります。ひとりで来ているので、朝の時間をこの通りと山をつなぐことに使いました。
アーケードの名は、暦を配っていた建物から。1779年の明時館
天文館の名は、島津家25代当主・重豪が天文観測や研究のため安永8(1779)年に建てた「明時館」の通称です。館には4メートル四方の観測台が築かれ、藩内の暦はすべてここから配布されて、薩摩暦、鹿児島暦と呼ばれました。

雨あがりの停留所に停まった路面電車の側面。二色に塗り分けた車体に窓が並び、開いた扉の下に擦れた踏み段。濡れた軌道が光を返し、落ち葉が散る。路面を走る電車をイメージした生成ビジュアル
建物は残っていません。名前だけが通りに残り、いまは南九州一の繁華街です。通りにはアーケードがかかっているので、雨の日でも濡れずに歩けます。夜の中心は文化通りや山之口本通りに集まる居酒屋やバーで、早い時間は逆にシャッターばかり。足音が両側に当たって返ってきます。

屋根のある長い商店街の中。半透明の天蓋ごしに光が落ち、両側に店が並ぶ。シャッターはまだほとんど下りたまま。早い時間の通りをイメージした生成ビジュアル
照國神社で、集成館事業の藩主と会う。境内の背後にもう斜面が迫る
シャッターの通りを抜けて、社の前に出ました。照國神社の祭神は島津斉彬公です。島津家28代当主で薩摩藩11代藩主、日本近代化の礎となった「集成館事業」を推進した人で、治世はわずか7年でした。文久3年(1863)に勅命で照國大明神の神号が授けられ、元治元年(1864)に鹿児島城の西域に創建されています。
天文館を建てた重豪は西洋文明を進んで取り入れた藩主、ここに祀られる斉彬は近代工業を起こした藩主。外から知識を持ち込んだ2人の痕跡が、歩いて行ける範囲に並びます。奥へ進むと、境内の背後に緑の斜面が迫ってきます。城山です。
遊歩道の入口は2か所。照国神社横の探勝園から、約2キロの山道に入る
その斜面に入る口は、境内の横にあります。城山自然遊歩道の入口は、照国神社横の探勝園と、岩崎谷の薩摩義士碑の2か所です。参拝の流れでそのまま入れるのは探勝園側です。城山は市街地の中心部にある山なので、繁華街から遊歩道の入口までは道を渡って上がるだけでつながります。
道に入ると、市街地にいたことが分からなくなります。樹齢約400年になるクスの大木があり、シダやサンゴジュなど600種以上の温帯・亜熱帯性植物が自生する山で、昭和6年(1931)に天然記念物と国の史跡の指定を受けています。足元は土。朝露で滑り、根が道の上まで這い出してまたぐ場所が続きます。木が密で、登っているあいだは上も下も見えません。

森の斜面の湿った土の道を見下ろす。とても古い木の太い根が黒い土から出て、道を横切る。脇のシダの葉に露の粒がのる。朝露で滑り、根が道の上まで這い出す山道をイメージした生成ビジュアル
約30分登って標高107メートル。市街地、錦江湾、桜島が1枚に入る
見えないまま登り続けます。遊歩道は全長約2キロ、山頂までは約30分です。展望台に出ると視界が反転します。鹿児島市街地と錦江湾、そして桜島。手前に街、その先に湾、その先に山と、全部が1枚に収まります。天気の良い日には、遠く霧島や指宿の開聞岳まで入ります。
視界の利かない道を約30分登った先に、これ以上開けようのない場所がある。この落差が、市街地のすぐ裏にこの山がある意味でした。桜島は街のどこからでも見えますが、街と湾と山の三つの距離が分かるのは高い場所からだけです。
城山は西南戦争最後の激戦地。下って、台石とも8メートルの像を見上げる
視界が利かない山であることには、別の意味もあります。城山は明治10年(1877)の西南戦争で最後の激戦地になった山です。周辺には西郷洞窟や西郷終焉の地など、西南戦争にまつわる史跡が多く残っています。登ってみると、木の密度で視界が利かないことが、そのまま理由に見えてきます。
下って、西郷隆盛銅像の前に立ちました。銅像本体が5.257メートル、台石とも8メートル。見上げると、背後にさっきまで登っていた城山の緑がそのまま重なります。山の上から街を見下ろしたあとに、街から山を見上げる。同じ緑を上と下から2度見たことになります。
戻る道で、アーケードのシャッターがいくつか上がりはじめていました。その音が通りの端まで響きます。暦を配っていた建物の名が残るこの通りと、約2キロの遊歩道の先にある標高107メートルの展望台は、道を渡って上がるだけで地続きでした。
この街の歩き方
| 市電「天文館通」→ 照國神社 | アーケードを西へ、徒歩圏 |
|---|---|
| 照国神社横・探勝園 → 城山展望台 | 城山自然遊歩道 約2km・登り約30分 |
| 城山展望台 → 西郷隆盛銅像 | 銅像は本体5.257m・台石とも8m |
| 銅像・鹿児島城周辺・遊歩道・展望台 | 市公式モデルコースで1時間30分 |
