人の来る前の細い市場の路地。両側の店先が通路のきわまで品で埋まっている。干物の盆、玉子焼の箱、積んだ木の桶、重ねたかご、布の上に並ぶ包丁、頭上に下がる昆布の束。築地場外市場の早朝をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)
築地は、朝5時から9時までがプロの時間です。市場の施設は5時に開き、一般の客は9時以降に、と運営する中央区が案内しています。その前の3時間に、寺・市場・神社・橋が一つずつ動きはじめます。わたしはひとりなので、開く順番に合わせて宿を出ました。
6時に開く本堂。石に見えて、構造は鉄筋コンクリート
築地本願寺の本堂は6時に開きます。閉まるのは16時、夕方のお勤めが終わったあとです。朝6時から入れる寺は、そう多くありません。
外観は古代インド・アジアの仏教様式を模したもので、設計は建築史家の伊東忠太。1923年の関東大震災で焼け、1934年に再建されました。石を積み上げたように見えますが、構造は鉄筋コンクリート造で、地上2階・地下1階です。国の重要文化財は、本堂と大谷石の石塀と三門の門柱。石のほうは塀に残っています。
入り口にステンドグラスがあります。6時の光ではまだ色が出ません。そのかわり、正面の有翼の獅子を筆頭に、牛、馬、象、孔雀、猿。全13種の動物像が各所に隠れていて、暗いうちはこれを探すほうが向いています。
寺の墓地があった場所に、市場がある
本堂を出て、境内の外側へ。ここから場外市場までは、道を渡るだけです。
この近さには理由があります。本願寺はもともと西南を向き、参道に門前町がありました。関東大震災で境内の多数の墓地が和田堀へ移り、空いたその一帯に水産物商などが入って、自然発生的に広がったのが場外市場です。同じ震災で焼けた日本橋魚河岸が築地へ移ってきたことが、街の性格を決めました。震災のあと、食品・調理用品を扱う店舗は500を数え、都内最大の問屋街に成長しています。
つまり場外市場は、計画された商店街ではありません。だから路地の幅がそろっていないのです。

低い建物が両側に詰まった、幅のそろわない市場の路地。シャッターは半分だけ上がり、台の上はまだ空で、白い発泡箱と青いケースが縁に積まれている。地面はどこまでも平らだ。計画されずにできた路地をイメージした生成ビジュアル
路地の端を歩く。商品が並ぶ前を見られるのはこの3時間だけ
路地に入ると台車が通ります。荷物を運ぶ人が優先なので、壁際まで下がって通路の幅を空けます。包丁の音、水の音、発泡箱を積む音。声はほとんど聞こえません。
店先には、まだ商品が並んでいない店が多い。この時間に来る値打ちは、完成する前が見られることです。並び終わった店先は、どこの市場でも似てきます。
準備の順番は店ごとに違います。氷を先に敷く店と、什器を並べてから氷を入れる店。順番が違うのは、扱うものが違うからです。

手袋の手が、浅いステンレスの盆に砕いた氷を平らに広げている。端にはもう銀色の魚が頭をそろえて置かれ、盆の縁から水が落ちる。氷の粒が一つずつ見える。完成する前の店先をイメージした生成ビジュアル
塚の碑を読む。建立者を見ると、築地で何が商われてきたかが出てくる
場外市場の南側に波除神社があります。都営大江戸線の築地市場駅から徒歩5分、東京メトロ日比谷線の築地駅から徒歩7分です。
この神社は埋立工事から始まりました。明暦の大火のあと、築地の海面では堤防を築いても激波にさらわれる。海に浮かんでいた稲荷の神像を祀って祭をしたところ波風が収まり、萬治2年(1659年)に埋立が終わったと伝わります。「波除」はその名前です。
境内に六つの塚の碑が並んでいます。建立者を読むと、この街の商いがそのまま出てきます。すし塚は昭和47年、東京都の鮨商の組合。海老塚は昭和48年、てんぷら料理の協同組合と海老の問屋。鮟鱇塚は同じ年、魚河岸の仲買。活魚塚は昭和59年、活魚を扱う仲買の組合。玉子塚は平成5年、東京鶏卵加工業組合の創立30周年記念。昆布塚は平成28年。魚だけではなく、扱う品ごとに建て主が分かれています。
碑の石は冷たく、彫られた文字の溝に指が入ります。溝の底に、砂のような細かい粒が溜まっていました。
獅子頭も二つあります。厄除天井大獅子は高さ2.4メートル、幅3.3メートル、重さ一トンで、樹齢約3000年の黒檜の原木から。弁財天社のお歯黒獅子は台座を含めて高さ2.2メートル、両耳の幅2.5メートル、総重量700キロ、総漆塗りの一木造で肌地は紅色です。黒と紅が、ほぼ同じ寸法で向かい合っています。
勝鬨橋は、昭和45年11月から開いていない
隅田川に出て勝鬨橋へ。昭和15年(1940年)完成、全長246メートル、幅員約26メートルの二葉跳開橋です。国内で唯一のシカゴ型二葉式跳開橋として、2007年6月に国の重要文化財に指定されています。
当初は一日五回、1回20分ずつ中央部が開いていました。止まったのは昭和45年11月。以後、橋は渡れますが、開く仕組みは使われていません。
橋の上から築地側を見下ろすと、低い屋根が密集して、そのあいだに路地が走っているのが見えます。地上では幅しか分かりませんが、上からだと本数が分かります。墓地の跡地に商いが入って道ができた、という話が形になって見える場所です。
9時、築地魚河岸が一般に開く
築地魚河岸は、市場移転後も築地のにぎわいを継承するために中央区が整備・運営する生鮮市場です。小田原橋棟と海幸橋棟の2棟に、仲卸を経営母体とする小売店など約60軒。施設が開くのは5時、全店営業は7時から14時まで。5時から9時はプロの買出人の仕入れが優先で、一般の客は9時以降です。
9時に入ると、鮮魚の売場はもう並び終わっています。床が濡れていて、歩くと水が跳ねます。氷の上の魚は頭の向きがそろっている。そろえる作業が、路地で聞いていた音の中身でした。

鉄骨のあらわな低い天井の下に、ステンレスの台が長く続く。砕いた氷の上に魚が隙間なく並び、頭の向きがそろっている。床は濡れていて、水たまりが光る。前掛けと白い長靴の人が手を動かす。並び終わった売場をイメージした生成ビジュアル
この街の歩き方
| 日比谷線・築地駅 1・2番出口 → 場外市場 | 徒歩1分 |
|---|---|
| 大江戸線・築地市場駅 A1出口 → 場外市場 | 徒歩1分 |
| 東銀座駅 5・6番出口 → 場外市場 | 徒歩5分 |
| 築地市場駅 → 波除神社 | 徒歩5分 |
| 築地駅 → 波除神社 | 徒歩7分 |
| 築地本願寺 本堂 | 6:00〜16:00(夕方のお勤め終了後に閉門) |
| 築地魚河岸 | 開館5:00〜15:00/全店営業7:00〜14:00/一般は9:00以降 |
六時に本願寺、そのあと場外市場の路地、波除神社、勝鬨橋、九時に築地魚河岸。仕込みを見てから完成した売場に入る順になります。本堂入り口のステンドグラスは六時の光では色が出ないので、色のほうを見たい日は、十六時の閉門前に本願寺を回してください。(施設情報は二〇二六年九月二十九日確認)
