朝の細い通りを、二人が後ろ姿で遠ざかっていく。両側は低い木造の家が続き、格子はまだ閉じたまま、壁ぎわに鉢植えが並ぶ。先の一軒だけ戸が開いて灯りがつき、湯気が外へ流れ出ている。京都・二条城前の早朝をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)
二条城前のあたりは、朝に開く時刻が場所ごとに違います。神泉苑の境内参拝は七時から、二条城の開城は八時四十五分から。開くまでの時間をどこに使うかで、この一帯の朝の歩き方が決まります。ひとりで六時半に宿を出て、戻りは九時前。歩ける時間は二時間半でした。
六時半、油小路通を南へ。車一台の幅の通りで、音が壁に返ってくる
十一月の京都は、六時半だとまだ薄暗いです。油小路通を南へ歩きました。車が一台通るのがやっとの幅で、両側に建物が迫っています。足音が壁に当たって、すぐ戻ってきます。
歩いていると、勢いのある水の音が聞こえました。ホースの水が固いものに当たる音です。音のほうへ寄ると、開いた引き戸から湯気が出ていて、豆腐を作っているところでした。水の音、金属が触れ合う音、何かを流す音。この三つが繰り返されます。少し先まで歩くと、もう届きません。昼や夜のこの街で聞こえるのは人の声と自転車のベルと店の音楽で、六時半にはそれが一つもありません。

車一台がやっとの幅の通り。二階三階建てが両側から迫り、電柱と架線が奥まで続く。左の引き戸が一枚開いて、白い湯気が通りへ出て、上がりながら薄れていく。その戸口に人が立つ。足音が壁に当たってすぐ戻ってくる通りをイメージした生成ビジュアル
七時、神泉苑が開く。延暦十三年に禁苑として造られた庭が御池通に面している
神泉苑は御池通に面しています。境内参拝は七時から二十時まで、寺務所は九時から十七時まで。六時半に宿を出ると、着いたころにちょうど開きます。地下鉄東西線の二条城前駅から徒歩二分、阪急四条大宮駅とJR二条駅からはそれぞれ徒歩十分です。
公式の説明では、延暦十三年、七九四年に桓武天皇が禁苑として造営した場所で、平安京(大内裏)の南東隣りにあたります。当初は南北四町、東西二町の規模を持つ苑池でした。今の境内は御池通に面した一区画で、池を回るだけなら数分です。天長元年、八二四年の日照りのときには、淳和天皇の勅命で空海が池畔に祈り、善女龍王を勧請したと伝えられます。現在は東寺真言宗の寺院です。
池のそばの石に手を置くと、朝の石は思っているより冷たい。水面には何も映っていません。まだ光が来ていないからです。
御池通を東へ、西洞院通を上がって御金神社。境内は終日、社務所は十時から
神泉苑を出て御池通を東へ歩くと、さっきまでの油小路通とは道幅が違います。歩道の幅だけで、油小路通の車道より広い。堀川通を渡って西洞院通で北へ入ると、また一台分の幅に戻ります。
七時半ごろ、御金神社に着きました。住所は中京区西洞院通御池上ル押西洞院町六一四。御祭神は金山毘古命、天照大御神、月読命の三柱で、金山毘古命は金・銀・銅をはじめとするすべての金属類、鉱山、鉱物を守る神とされています。現在の社殿は明治十六年、一八八三年に、崇敬者と近隣の人たちの奉賛で建立されたと公式に書かれています。
参拝は終日できますが、社務所が開くのは十時から十六時まで。授与品が目的なら、朝の早い時間には合いません。

塀に囲まれた境内の池のきわ。土に自然石が据えられた岸が巡り、水面は平らで暗い。対岸には色づいた木が並び、その手前を瓦をのせた低い塀がまっすぐ閉じる。遠くに後ろ姿が二人。堀ではなく囲われた庭であることをイメージした生成ビジュアル
樹高約二十二メートルのイチョウ。葉の配布は今は止まっている
境内のイチョウは、樹齢二百年を超え、樹高約二十二メートル、幹回りは二メートル以上。京都市内有数の大樹だと説明があります。公式の説明では、樹内に水分を溜めることから、火事の際には水を噴くとして、神様やそのお社、人々の生活を守ると信じられてきた木です。金属の神を祀る社に、火に強いとされる木が立っています。
幹に触ると深い縦の溝が入っていて、手のひらを当てると溝の谷に指が落ちます。十一月なので葉が黄色い。
葉を持ち帰れると聞いていましたが、公式のよくある質問には、感染拡大を鑑みて現在は配布を控えているとあります。拾いませんでした。
八時半、二条城の外堀。今の広さになったのは一六二六年の行幸に向けて
二条城の開城は八時四十五分、入城の受付は十六時まで、閉城は十七時です。休城日は十二月二十九日から三十一日。入城券は八百円、二の丸御殿の観覧券まで付くと千三百円です。八時半に着いたので、中には入らず堀の外を回りました。
公式の年表には、一六二六年、寛永三年九月に後水尾天皇が行幸し、その二年前から城を現在の広さまで拡張したとあります。外堀に沿うと歩く距離が長いのは、行幸のために広げた分をそのまま外側からたどっているからです。一八六七年、慶応三年十月十四日に徳川慶喜が政権の返上を申し出たのも、この堀の内側です。
堀の水面に石垣が映って、こちらには光が届きはじめていました。門の前に人が並びはじめています。開く十五分前でした。

とても古いイチョウの幹を近くから見る。深い縦の溝と盛り上がりが画面の上下いっぱいに走る。素手が平らに当てられ、指先が溝の谷に落ちている。黄色い葉が樹皮に何枚か引っかかる。手のひらを当てると指が落ちる幹をイメージした生成ビジュアル
この街の歩き方
| 油小路通を南へ(六時半〜七時) | 神泉苑が開く前の時間に充てる |
|---|---|
| 神泉苑 | 境内参拝七時〜二十時/寺務所九時〜十七時 |
| 神泉苑 ↔ 地下鉄東西線二条城前駅 | 徒歩二分 |
| 御金神社 | 参拝は終日/社務所十時〜十六時 |
| 二条城の外堀 | 開城八時四十五分/入城受付十六時まで/閉城十七時 |
開く時刻が七時、十時、八時四十五分と揃っていないので、開かないものから先に片づけます。神泉苑の七時に合わせて宿を出れば手前の三十分を通りに使え、二条城の門前に八時半に立つと、列ができはじめるところから見られます。
