土塀のあいだの石畳を、着物の二人が並んで歩く。塀ぎわには水の澄んだ用水が流れ、頭上から紅葉が垂れて、落ち葉が足元に散る。武家屋敷跡の土塀と用水をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)

香林坊バス停から徒歩約五分。路面が石畳になり、両側が黄土色の土塀に切り替わる一帯が、加賀藩の中級武士の屋敷跡、長町武家屋敷跡界隈である。塀の足元には大野庄用水が流れ、十二月最初の週末には、この塀にこもが掛かる。公開施設は三つ。入場無料の旧加賀藩士高田家跡、一般百円の金沢市老舗記念館、大人五百五十円の武家屋敷跡野村家で、いずれも「長町武家屋敷跡」か「老舗記念館」のバス停から徒歩一分前後に収まる。

01

香林坊から一本入ると、土塀は積んだ壁ではなく突き固めた壁になる

香林坊の交差点沿いは車道と商業施設が並ぶ。そこから一本入ると、アスファルトが石畳に、建物の壁が土塀に変わる。土塀の面が正面に来て、角を曲がると消える。日の差す区間と影の区間が数歩おきに入れ替わり、石畳を踏む音の返り方も変わる。

この土塀の材料は、砂利・石灰・川砂に、海水から塩をとるときに残るにがりを混ぜ合わせた土である。木製の型に流し込み、しっかり詰めて立てた壁だ。表面には細かい割れが走り、日の当たった面はほのかに温い。加賀藩では足軽は塀をつくることを許されず生け垣にしたため、土塀が続いていること自体が、ここに平士以上の階層の武士が住んでいた痕跡になる。

土塀の続く石畳の小路

土塀の続く石畳の小路。塀の前を箒で掃く人がいて、木の門から買い物袋を提げた人が出てくる。右手には水の流れる用水が、路地に沿ってまっすぐ延びる。土塀と用水の小路をイメージした生成ビジュアル

02

十二月最初の週末、土塀にこもが掛かる

長町武家屋敷跡界隈では、例年十二月最初の週末に土塀のこも掛け作業が入る。目的は、雪の水分による土塀の損傷と、付着した積雪による土剥がれを防ぐこと。こもを掛けた土塀は三月中旬まで見られる。土を突き固めた壁である以上、水を吸い続ければ崩れる。工法と雪が、年に一度、街の見た目を入れ替えている。

03

塀の足元の大野庄用水は、城へ木材を運んだ運河

土塀の足元を大野庄用水が流れる。犀川を水源とし、数ある金沢の用水のなかでも最も古い歴史を持つものの一つとされる。藩政期には金沢城へと続く物資を運ぶ運河で、木材や年貢米を運んだ。いまも生活用水・防火用水であり、冬には雪から土塀を守る。底の石は動かず、水だけが速い。土塀は音を吸わないので、水音は反射して路地の奥まで届く。運搬路として掘られた水路が、いまは壁を守る側に回っている。

壁一面の小さな引き出しと、秤やすり鉢が並ぶ店の土間

壁一面の小さな引き出しと、秤やすり鉢が並ぶ店の土間。帳場机に明かりがともり、奥の階段は暗がりへ上がっていく。再現された薬種商の店先をイメージした生成ビジュアル

04

高田家跡は門そのものを見る。長屋門に仲間部屋と厩がある

旧加賀藩士高田家跡の長屋門は、平士級五百五十石だった高田家の門で、建築時期は不明ながら文久年間(一八六一〜一八六四)のものと伝えられている。昭和六十二年四月十一日に金沢市の指定保存建造物となった。門口両袖の長屋部分は戸室石の亀甲積みの上に構築され、右手の内部が仲間(奉公人)部屋、左側は馬屋と納屋で、いずれも土間の空間である。門をくぐった先には、江戸時代の代表的な庭園造りである池泉回遊式庭園が開ける。九時半から十七時、敷地内への入場料は無料。

05

老舗記念館は薬種商の店先。二階は町民の道具が並ぶ

金沢市老舗記念館は、藩政時代からの薬種商「中屋薬舗」の建物を使う。昭和六十二年に金沢市が中屋家から寄付を受け、平成元年四月一日に開館した。移築前の建物は、明治十一年の明治天皇行幸の際に御在所とともに建築され、大正八年に改築されている。一階は店先を再現した「みせの間」、吹き抜けのある「おえの間」、床の間のある書院の間、そして茶室。帳場の高さ、棚の割り付け、土間と畳の境の位置。売る側と買う側の距離が寸法で決まっていたことが、みせの間に残っている。二階には各老舗に伝わる生活諸道具や町民文化の資料が並び、年三回の「金沢老舗百年展」で道具類が入れ替わる。

突き固めた土の壁に、藁を編んだこもが縄で結わえて掛けられている

突き固めた土の壁に、藁を編んだこもが縄で結わえて掛けられている。繊維の毛羽立ちと縄の結び目が間近に見える。冬のこも掛けをイメージした生成ビジュアル

06

野村家は座る高さで見る。上段の間の襖絵と庭園

武家屋敷跡野村家は、加賀藩千二百石の屋敷跡。上段の間の襖絵は加賀藩のお抱え絵師によって描かれたもので、床が一段上がり、座る位置が身分の差を示す造りになっている。庭園は二〇〇三年の米国庭園専門誌の日本庭園ランキングで三位に選ばれている。障子を開けた枠が庭を切り取る額になり、立つと構図が崩れ、腰を下ろすと枠の下の線と池の縁が重なる。この庭は、座った高さから見たときに石と木が最もよく見えるように置かれている。四月から九月は八時半から十七時半、十月から三月は八時半から十六時半(入館は閉館の三十分前まで)。大人五百五十円。

土を型に詰めた壁、冬に掛けるこも、城へ木材を運んだ水路、一段上げた床。長町で目に入るものは、いずれも用途から形が決められている。その決定の結果が、石畳の幅と土塀の続き方として残っている。

07

この街の歩き方

閉館が最も早いのは十月から三月の野村家(十六時半)なので、無料の高田家跡と百円の老舗記念館を先に回し、座って庭を見る野村家を最後に残す。老舗記念館は月曜休館なので月曜に歩くなら二館の順序を入れ替える。料金・開館時間は二〇二六年九月二十九日時点。

香林坊バス停から長町武家屋敷跡界隈徒歩約5分
長町武家屋敷跡バス停から高田家跡・野村家徒歩約1分
老舗記念館バス停から老舗記念館徒歩すぐ
旧加賀藩士高田家跡9:30〜17:00/入場無料
金沢市老舗記念館9:30〜17:00(入館は16:30まで)/一般100円、高校生以下無料、月曜休館
武家屋敷跡 野村家4〜9月 8:30〜17:30、10〜3月 8:30〜16:30/大人550円
土塀のこも掛け12月最初の週末から3月中旬まで