カウンターで、女性が箸で持ち上げた一切れを見ている。白い皿に黒に近い濃い茶のたれ、刻んだキャベツとレモン。奥で白衣の料理人が手を動かす。名古屋のみそかつをイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)

大豆と塩だけで2年以上寝かせる豆味噌という土地の調味料を軸に、慶長17年に美濃から移された寺と、その周りに集まった約1,200店の商店街、1年半熟成のみそだれ、決まった時刻に同じ場面を繰り返すからくり人形を一本の線でつなぐ記事。
名古屋の大須は、寺のほうが先に来た街だ。大須観音は美濃の大須にあったものが、慶長17年(1612年)に家康によってこの地へ移された。いまその周り、大須2〜3丁目のエリアに約1,200の店舗・施設がある。名古屋の味噌は、わたしには最初むずかしい味だった。濃くて、甘くて、色が黒い。台湾の味噌汁はもっと薄い色をしている。だから今回は味ではなく、作り方と土地の側から回った。ひとりで、午前から午後にかけての半日を使っている。

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慶長17年に移された寺。境内には国宝を含む15,000冊がある

大須観音の正式な名前は北野山真福寺宝生院。真言宗の寺で、拝観は無料。地下鉄鶴舞線の大須観音駅2番出口から徒歩3分だ。

ここには大須文庫があり、国宝の古事記写本を始めおよそ15,000冊を所蔵している。寺が美濃から移されたとき、この蔵書も一緒に動いたことになる。街ができる前に、本が来ている。

毎月18日と28日の縁日には、境内に骨董市が立つ。行ったのは違う日で、境内は静かだった。露店の枠が地面に残り、日陰の土はまだ湿り、日の当たる側だけが白く乾いていた。枠の位置が決まっているので、誰がどこに立つかも決まる。

ふだんの日の寺の境内

ふだんの日の寺の境内。土の地面に、四角い露店の枠が等間隔で空のまま並んでいる。枠の位置が決まっているので、誰がどこに立つかも決まる境内をイメージした生成ビジュアル

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参道がそのまま商店街になる。同じ豆味噌が、別の料理になって並ぶ

境内を出て東へ歩くと、参道がそのまま商店街に変わる。屋根の下に入ると外の音が遠くなり、人の流れは店の側に寄って、通りの真ん中が空く。

愛知県はこのエリアを「愛知の秋葉原」と呼び、年齢も性別も国籍も選ばない「ごった煮文化」の街として紹介している。約1,200という数字は、業種がそろっていないことの言い換えでもある。

味噌を使う店の看板が続く。味噌カツ、味噌煮込み、味噌おでん。ひとつの調味料を中心に、街の食べ物が組み立てられている。

屋根のある歩行者の商店街を、端から奥まで見通す

屋根のある歩行者の商店街を、端から奥まで見通す。両側に種類の違う小さな店がびっしり並び、人は店の側に寄って、通りの真ん中が空いている。業種がそろっていないことを数で言い換えた通りをイメージした生成ビジュアル

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昭和22年創業のみそかつ。たれの豆味噌は1年半寝かせたもの

その並びの中から、味噌カツの店に入った。みそかつ 矢場とん 矢場町本店は中区大須3-6-18。昭和22年創業で、営業は朝11時から21時まで。地下鉄名城線の矢場町駅、鶴舞線・名城線の上前津駅から、どちらも徒歩約5分だ。

みそだれに使う豆味噌は、1年半熟成させた天然醸造のものだと公表されている。席に着くと、皿が来る前に匂いが届いた。鉄板の上でたれがかかる音は、想像していたより高い。じゅう、と鳴る。

たれは黒に近い茶色で、光を当ててもあまり透けない。食べると甘さが先に来て、塩気があとから来る。順番がはっきり出る。薄い味ではこの順番にならない。濃いからこそ、時間差で味が分かれる。最初にむずかしいと感じたのは、この濃さのせいだった。

熱い鉄板の上で、切り分けた揚げ物と千切りの野菜に、黒に近い濃い茶色のたれがかかる

熱い鉄板の上で、切り分けた揚げ物と千切りの野菜に、黒に近い濃い茶色のたれがかかる。とろりとして衣を伝い、縁にたまったところから湯気が上がる。甘さが先に来て塩気があとから来る濃さをイメージした生成ビジュアル

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大豆と塩だけで二夏二冬。この土地の味噌だから、この色になる

この濃さは、味噌のつくり方から来ている。豆味噌が愛知の味噌である理由は、県の公式サイトに書かれている。八丁味噌は大豆と塩のみを原料に木桶に仕込み、二夏二冬(2年以上)天然醸造で熟成させる。名前は、家康が生まれた岡崎城から西へ八丁(約870メートル)にあたる八丁村(現・岡崎市八丁町)に由来する。江戸時代初期から、カクキューとまるやの2軒が造り続けてきた。

米も麦も使わず、大豆と塩だけで2年以上置く。だから色が黒く、味が濃くなる。台湾の味噌汁が薄いのは、味噌そのものの作り方が違うからで、好みの差ではなかった。

矢場とんのたれが1年半、八丁味噌が二夏二冬。この街の味は、火にかけている時間より、置いている時間のほうが長い。

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大須3丁目の万松寺。からくり人形が朝10時から2時間おきに動く

万松寺は中区大須3-29-12。矢場とんと同じ大須3丁目で、商店街の只中に建っている。織田備後守信秀公が織田家の菩提寺として開基した寺で、公式には480年の伝統とある。信秀は信長の父だ。

境内のからくり人形「信長」が動くのは、朝10時、昼12時、14時、16時、18時。制作は八代目玉屋庄兵衛。演目は二場に分かれ、第一場は天文21年の抹香事件、信秀の葬儀で信長が無礼に振る舞った場面。第二場は永禄3年の幸若舞、桶狭間の戦いの前に「敦盛」を舞う場面だ。

見上げると、動きが機械的であることがよく分かる。首が止まってから、腕が動き出す。滑らかでないことが、かえって仕掛けの存在を見せている。父の菩提寺の境内で、息子が葬儀で無礼を働く場面を、2時間おきに再演している。白龍の上演は朝11時、13時、15時、17時、19時、20時なので、からくりと交互に動く。

この日見たのは、1年半寝かせる味噌と、位置の決まった露店の枠と、決まった時刻に同じ場面を繰り返す人形だった。台湾でも古い店は変えないことを大事にするが、変えないとは何もしないことではなく、同じ結果を出すために判断を足し続けることだ。

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この街の歩き方

大須観音駅2番出口 → 大須観音(拝観無料)徒歩3分
矢場町駅 → 矢場とん 矢場町本店(11:00〜21:00)徒歩約5分
上前津駅 → 矢場とん 矢場町本店徒歩約5分
大須観音 骨董市毎月18日・28日の縁日
万松寺 からくり人形「信長」朝10時・昼12時・14時・16時・18時