赤い紐に下がった張子の虎が、びっしりと列をつくっている。手のひらほどの黄色い体に黒い縞、白い腹、描かれた顔。脇に緑の笹が添えられ、黄と黒が画面いっぱいに繰り返す。かすかに揺れている。大阪・道修町の張子の虎をイメージした生成ビジュアル(実際の現地写真ではありません)
北浜の道修町は、豊臣時代頃から薬種取引の場として薬種業者が集まった通りです。読みは「どしょうまち」。その通りに日本医薬総鎮守を掲げる神社があり、同じ北浜に蘭方医の塾の建物が残っています。薬と学問が、一つの町名の上に重なっている一帯です。妻と2人、歩く速さは速くないので、行き先は徒歩5分の円のなかに絞りました。
安永9年創建。薬種業者の寄合所から始まった神社
道修町の少彦名神社は、安永9年(1780年)の創建です。豊臣時代頃から薬種取引の場だったこの街の薬種業者が、神の加護を求めて仲間の寄合所に少彦名命と炎帝神農の二神を祀ったのが始まりでした。少彦名命は医薬やまじない、温泉、酒造の神、炎帝神農は人々に医療と農耕の術を教えたとされる中国の神です。商いの神ではなく、扱う品物の神を街の真ん中に置いた形になります。境内はビルとビルのあいだに収まる広さで、看板を見ていないと通り過ぎます。朝の通りは車が少なく、ビルのあいだに日が入らないので、足音がよく響きます。(少彦名神社)

中層のビルが両側から道の上に迫る細い通りを、奥まで見通す。車は少なく、建物が重なったまま平らな地平まで続く。狭い歩道で、箱を壁際に下ろす人、上を見上げて立つ人。ビルのあいだに日が入らない通りをイメージした生成ビジュアル
張子の虎は、コレラの流行から来ている
授与所の張子の虎は、五葉笹に虎と御札を付けた御守です。文政5年(1822年)に大坂でコレラが流行したとき、薬種仲間が病除けの薬として「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬を作り、「神虎」の御守と一緒に神前祈願のうえ施与したことに由来します。薬を扱う街だから虎がある、という順番です。丸薬の名前のほうが先で、御守はその薬に添えられていました。手に取ると軽く、笹が揺れると虎の首も一緒に動きます。(少彦名神社)

笹に結びつけられた張子の虎を、持ち上げて近くで見る。手のひらほどの黄色い体に黒い縞と白い腹、描かれた顔。笹が動くと首がわずかに傾く。脇に文字のない小さな御札が下がる。手前から手が一つと袖口だけが入る。笹が揺れると首も動く御守をイメージした生成ビジュアル
大祭は11月22日と23日。一年の「とめの祭」
神農祭は毎年11月22日と23日の2日間、午前10時から午後8時までです。大阪の祭りは「えべっさんに始まり神農さんで終わる」と言われ、神農祭は「とめの祭」とも呼ばれます。年明けの十日えびすで始まった1年が、薬の街の神社で閉じるという順番です。この2日を外して訪ねると、境内は準備の気配だけになります。逆に言えば、2日以外はいつ行っても静かな境内で、通りの足音のほうがよく聞こえます。(少彦名神社)

ビルとビルのあいだに収まった小さな境内。玉砂利の奥に瓦屋根の社殿、石灯籠が一対、木が数本。落ち葉が玉砂利に散る。両側の壁がまっすぐ立ち上がって境内を囲む。社殿の前に二人、少し離れて立つ。看板を見ていないと通り過ぎる広さの境内をイメージした生成ビジュアル
神社の3階に資料館。入館無料、日曜・祝日は休み
社務所ビルの3階に、くすりの道修町資料館があります。1997年、「道修町に関する諸資料を街全体で保存し、公開しよう」として開館したもので、入館は無料です。平日と土曜の午前10時から午後4時まで、最終入館は午後3時半。日曜・祝日は休館なので、祝日にあたる11月23日は、祭の日でも資料館は開きません。江戸時代の医学書、道修町ゆかりの人物、昔の家庭薬や販促品が並び、展示は季節で入れ替わります。神社を見てからそのまま階段を上がれば、通りの成り立ちを続けて追えます。(少彦名神社)
徒歩5分の適塾は、国史跡・重要文化財
大阪メトロ堺筋線の北浜駅2番出口から徒歩5分の適塾は、蘭方医の緒方洪庵が1838(天保9)年に開いた塾で、いまは国史跡・重要文化財として内部を見られます。洪庵は1845(弘化2)年に当時の過書町の町屋を購入し、瓦町の旧適塾から移して広げました。入門者の署名帳「姓名録」に名の残る塾生は636人、福澤諭吉や大村益次郎もここで学んでいます。薬種の街から歩いて5分の町屋に、蘭方医の塾があったということです。階段は急で、体を前に倒さないと上がれません。2階の床板は幅が不揃いで、板ごとに違う音が返ります。窓が小さく日の入る範囲が限られるので、部屋の奥は昼でも暗いままでした。600人を通した建物の狭さのほうが、先に体に来ます。(大阪大学適塾記念センター)
この街の歩き方
| 大阪メトロ堺筋線 北浜駅2番出口 → 適塾 | 徒歩5分(大阪大学適塾記念センター) |
|---|---|
| 少彦名神社 → くすりの道修町資料館 | 同じ社務所ビルの3階(少彦名神社) |
| 適塾の公開 | 午前10時〜午後4時/一般400円・学生200円・中学生以下無料 |
| くすりの道修町資料館 | 平日・土曜 午前10時〜午後4時(最終入館午後3時半)/無料 |
| 神農祭 | 11月22日・23日 午前10時〜午後8時 |
北浜に宿を取ると、この三か所は徒歩五分の円に入ります。資料館も適塾も午前10時開きなので、先に道修町の神社を見て、十時に合わせて資料館、そのあと適塾へ回ると待ち時間が出ません。適塾は月曜休館で祝日は開館し、国民の祝日の翌日は休みます。資料館は日曜・祝日が休館なので、祭に合わせて二十二日・二十三日に行くなら、資料館は別の日に回すことになります。
